てまりニュース♪第415号

2016.03.11 06:55|てまり

おはようございます。てまりニュースを読んでくださるあなたの人生を心から応援しています。

《天国言葉》
愛しています、ついてる、うれしい、楽しい、感謝しています、しあわせ、ありがとう、ゆるします

天之御中主様(あめのみなかぬしさま)お助けいただきましてありがとうございます。

※てまりのオススメ
みやざき中央新聞
いろんなジャンルで活躍されている方のお話や講演会を取材した記事がのっていて、読むと元気をもらえる新聞です。


日本人に隠された《真実の台湾史》の講演をされたジョー・リーさんのお話をシェアさせていただきます。
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台湾を深く知ってもらおうと、一昨年4月に「日本精神の学び」と「求め合うより与えあう」を合言葉として日本全国から集まってきた60名の方々と、台湾ツアーを敢行しました。


日本統治時代の薫りが残る足跡や建物、日本人が祀られている場所を巡ったり
そんな日本の先人たちの心に触れる「スペシャルツアー」として企画されました。

「飛虎将軍」と呼ばれて慕われ敬われている日本人の「神様」のところにも行ってきました。

なぜ日本の軍人が 台湾で「神様」になっていることを 日本の皆さんはご存知ですか?


太平洋戦争末期の 1944年10月12日のことです。日本本土と同じように 台湾にも米軍が大規模な爆撃を開始しました。


台湾南部の台南でのことです。おびただしい数の米軍機が襲来し それを迎え撃つために日本のゼロ戦が飛びたちました。


激しい空中戦の中 米軍の戦闘機を数機撃墜した日本の戦闘機がありました。しかしその戦闘機もやがて尾翼に被弾しました。


すぐに脱出し 落下傘を使用すれば その飛行隊員は助かっていたはずです。


しかしその隊員は 戦闘機を操縦し郊外へ向かって飛び続けました。


眼下の町は藁葺き屋根の家だらけでした。炎上する機体眼下落ちれば あっと言う間に火は燃え広がり 多くの人たちが間違いなく焼け死んだことでしょう。


民家のないところまで飛び続けた戦闘機は やがて空中で爆発し そこでようやく飛行隊員は脱出しました。しかし その落下傘を米軍が攻撃したのです。


落下傘は破れ 隊員は激しく地面に叩きつけられました。地元の人たちが発見した時はすでに息絶えていたそうです。


その飛行隊員は 彼の遺品から 茨城県出身の杉浦茂峰少さと確認されました。享年21歳でした。


戦闘機が落ちて火の海になっていたらきっと焼け死んでいたであろう町の人たちは 空を見ながら杉浦少さに感謝しました。


自分の命以上に他国の住民たちの命を優先したその行いは 台湾の人たちの心を動かしました。


地元の人たちは杉浦少さに対する最高の謝恩を表すために祠を建て 永久にその恩徳を継承したいと考えました。こうして彼は 軍人であるにも関わらず 神様 として祀られるようになったのです。


1993年 多くの地域住民の協力で この祠は敷地50坪のきらびやかな に建て替えられました。


正面には「鎮安堂 飛虎将軍」と書かれた額が掲げられています。


鎮安は 邪気を鎮め 民を安心させる という意味で 飛虎 は戦闘機 将軍は台湾では神として祀られる勇士の意味です。


 にかけられた横断幕には日本語で 歓迎日本国の皆々様 ようこそ参拝にいらっしゃいました と書かれてあり  の中には日本国旗が掲げられています。


朝夕二回 火のついたタバコが今は3本ずつ捧げられ 朝は君が代 午後には海行かば が流れ 日本からの参拝者もたくさん訪れています


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明日は このお話の続きをのせたいと思います。


最後まで読んでくださってありがとうございます。いつも心より感謝しています。

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今日という日が、あなたにとって素晴らしい1日となりますように!


若返り研究所てまり
小西一代




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